夏休みタイ旅行

2003年 8月 20日 21日 22日 23日 24日

夏休みタイ旅行(8月20日、一日目)到着

私はスリランカに単身赴任しているのですが、たまに日本に我が家に帰国すると、少し「居心地の悪さ」を感じます。世の中の単身赴任族の多くが感じているのでしょう。父親抜きで気儘に暮らしている留守宅に、うるさい父親が帰ってくるのですから、家族の身になれば「お客様」が来た気分。父親は旅行気分ですが、迎える家族は日常生活なのですから仕方ありません。そういう帰国をするよりは、どこか第三国に妻を呼んで、お互いに「お客様気分」に浸ったほうがずっといい。ということで、今年は八月の第三週(最終週は学校準備のため妻は日本に居たほうがベター)、タイで夏休みを過ごすことにしました。前回のタイ旅行は1997年8月22日から26日なので、6年ぶり、ほぼ同じ日程の旅行です。

ドンムアン駅私のバンコク入りは、8月20日コロンボ朝2時45分出発、バンコク到着は早朝7時。妻は成田を11時丁度に発って午後3時30分バンコク着。私は妻を出迎えるのまでに時間があるので、今日の宿泊地であるアユタヤにいって今日泊まるホテルにいって荷物を置いて少し仮眠をとりました。空港からアユタヤまでは鉄道で移動しました。タイ国鉄のドンムアン駅は空港に隣接していてとても便利です。出発・到着ロビーからエレベータで三階に上がり跨線橋に出るとそこは既にホームの上です。バンコク・アユタヤ間は複数の路線が同じ線路を走っているので列車は頻繁に通ります。ドンムアン7時48分発の列車が少し遅れ、8時15分ごろ来たのですが、これに乗ることができました。ドンムアン−アユタヤ間は11バーツ。所要時間は一時間弱。

アユタヤ駅の看板列車は古いディーゼル車。冷房なしの普通車。綺麗・快適ではないけれど11バーツなら納得です。それと、切符を買って列車に乗ってしまえば、後はのんびりなので気が楽です。降りる駅を確認する必要があるけれど、切符に到着時刻が書いてあるので、頃合を見て近くの乗客に確認すれば親切に教えてくれます。タクシーだとどこに連れて行かれるか判らないし、運転手さんに気を使わなければならないので疲れます。バンコク−アユタヤ間の線路はほとんど真っ直ぐ北上しているし、保線状況もいいので、それほど揺れません。スリランカの線路とは大違い。アユタヤ駅は通過した他の駅に比べれば立派な駅舎を持っています。駅にツーリストインフォメーションがあり観光地図をもらいました。駅のホームには誰でも入れるのでトゥクトゥクの運転手が観光客とみると寄ってきます。すこしうるさいです。

ホテルはアユタヤ駅に近い「クルンスリリバーホテル」をインタネットで予約していました。この辺では近代的なホテルのひとつです。規模の大きいビュッフェスタイルの昼食は人気があるようで、宿泊客以外も含めて多くの客でにぎわっていました。一人160バーツ。当日の宿泊客はそれほど多くないみたいでした。部屋は最上階の9階ですぐ下に川が見渡せました。

アユタヤ駅昼食の後、少し休んでから妻を迎えに再びドンムアン空港に行きました。午後の3時から3時半に掛けては、日本からはタイ航空便と日本航空便が関空と成田から四機着陸します。日本人到着ラッシュです。カスタムズの出口で待ち合わせです。無事に妻と合流し、再びドンムアンから鉄道でアユタヤに帰りました。4時12分ドンムアン初・アユタヤ4時57分着。時刻どおりの運行でした。スリランカの鉄道に比べたら夢のような正確さです。列車に乗り込む日本人は私達だけのようでした。

最初の日のアユタヤに泊まることにしたのは、バンコクからアユタヤに観光にいくより、空港から直接アユタに行くほうが便利だからです。夜の遺跡のライトアップを見ることもひとつの目的でした。しかし、この日は雨が降ってしまい、外出するのはやめました。夕食はホテルの一階のタイ料理レストランで取りました。トムヤンクンが容赦ない辛さで、全部食べることはできませんでした。私はスリランカで辛い料理には慣れているのですが、それでも、ここの料理はとても辛く、食べた後は味覚が麻痺してしまいました。


ホテル客室内

シンハービール

トムヤンクン

クルンスリリバーホテルの客室は、田舎のホテルとしては上等だと思います。しかし、インタネット設備はありませんでした。スリランカから持ってきたGSM携帯電話は料金未納のため「通話停止」になっていたので、スリランカと連絡とるのに苦労しました。結局500バーツの国際公衆電話カードを買って連絡を取りました。因みに「通話停止」は金曜日午後ようやく解除されました。これらスリランカの私の会社の庶務の人のミスだったのです。

夏休みタイ旅行(8月21日、ニ日目)アユタヤ

8月21日は朝からアユタヤ見物です。まずホテルのブッフェで朝食を済ませました。ここのブッフェはまあまあでした。妻はドレッシングの味が気に入らないようでしたが。

午前中はそんなに暑くならないだろうと考えて、貸し自転車で周遊することにしました。アユタヤ駅前の貸し自転車店まで歩き、一日30バーツで二台の自転車を借りました。アユタヤ駅から遺跡のある地域までは、川を渡る橋以外は平坦な道です。この橋を超えるのは少しきつかったです。しかし、妻は高校時代3年間、駅から自宅までの長い坂を自転車で登ることで鍛えているので今でも自転車は強いみたい。

アユタヤの遺跡ではこまめに回るのではなく、主要な遺跡だけに留めました。前回来た時は観光バスで案内されたのだけなので、どの遺跡がどこにあるのかほとんど覚えていません。今回は自分で地図を見ながら行くので遺跡の場所が頭に入りました。街の主要な交差点にはタイ王妃の大きな写真が飾られています。8月12日が誕生日だったのです。橋から続く道を真っ直ぐ東に進んで少し北上し、いよいよ遺跡見学開始です。近くに象に乗って見物するための基地があって多くの象が待機していました。いわゆる駐象場です。スリランカの象に比べて少し小さいかなと思いました。

(WAT PHRA RAM)
ラメスアン王がその父親の墓所として建立(1369年)した寺だそうです。その後ボロマトレイロアナート王が立て直したものだそうです。この遺跡は特段珍しいものはないく、小ぶりですが、全体に整然としています。正式かどうか判りませんが、入り口のところで入場料30バーツを取られました。少し高い感じですが、草刈り・遺跡修復・ライトアップ等に金がかかるのでしょうからこれくらいは納得すべきでしょう。

(WAT PHRA SRI SANPHET)
三基の大きなバゴダのある有名な遺跡です。ここで見られるパゴダは鋭角な塔と丸い基礎台のバランスが良くて、見事な造形です。バランスが良いので後世まで残っているのでしょう。このあたりはアユタヤ王朝初期時代に王宮が置かれていたところで、代々の王の墓となっていたところだそうです。三基の大きなパゴダは当時の王朝の繁栄を物語っています。ここには16mの仏陀立像があったのだそうです。こういう形のパゴダはスリランカでは欲見かけます。スリランカ仏教の場合、仏陀像・パゴダ・菩提樹が3点セットになっています。タイでは菩提樹をみかけません。

(WIHAN PHRA MONGKHON BOPHIT)
屋根の尖がった新しい建物の中に、大きなブロンズの仏陀坐像が収められています。この仏像は高さ12m・幅1mの大きな仏像です。前期アユタヤ時代(1448−1602)に造られ、雷で傷ついたり、ビルマ軍の侵攻で破壊されたりしました。今の仏像は再建されたものです。そして最近になって全体を金箔で飾られることになりました。ここには多くの参拝客がいました。ここでタイの「おみくじ」を売っています。前回のときは買いましたが今回はやめておきました。

(WAT LOKAYASUTHARAM)
おおきなリクライニング仏陀像を有する遺跡です。PHRA MONGKOHN BOPHITの西側の駐車上を抜けて少し北側を迂回しなければなりません。自転車での移動は細い道でも通れるので便利です。この仏陀の顔はまさしく横になってリラックスしている感じが良くでています。やさしい顔をしています。寝ている仏陀でも「涅槃仏」は死に行く仏陀を表しているので、顔に苦悩の表情が現れています。仏陀は胃腸が弱く、胃腸を壊して亡くなったという話です。顔の表情・つま先が揃っているかどうかで見分けることになります。ここリクライニング仏陀には、ほのぼのとした雰囲気がタイの人の感じをよく表れているとおもいました。

(WAT RATCABURANA)
アユタヤ旧市街の中心にある広大な公園のすぐ北側に立派なパゴダが見えます。その一帯がWAT RATCHABURRANAです。西側から入ることになります。地図には区画だけ書いてあり入り口の表示がないので、知らない人は遠回りすることになりかねません。入り口の表示があると自転車周遊客にも便利でしょう。ここは1424年にインタラテャティラート王が亡くなった後、二人の王子が政権争いで亡くなり、三人目の弟が父と兄二人を弔うために立てた寺だそうです。また1957年に墓泥棒が侵入し多くの財宝が盗まれたのだそうです。

中心のパゴダは階段でかなり上まで登れます。そこからの眺めもさることながら、パゴダ内部に石室に降りていく急な階段があり、そこを下って石室内部を見ることができます。多くの豪華な副葬品があったことが想像できる石室です。

(WAT MAHA THAT)
この寺はボロマラカトリアート王の時代(1374)に建立が開始され、ラメスアン王の時代(1388−1395)に完成したのだそうです。ここを有名にしているのは木の幹にしっかりと抱かれている「仏陀」の顔です。多分ビルマ軍の侵攻の際に焼き尽くされ、その後に育った木が仏塔だけを今の形に守ってきたものだと思います。他にも破壊された仏像が沢山あります。スリランカのダンブッラなどもそうですが、多くの仏陀像を整然を並べる光景を見にします。アユタヤの遺跡でも同じです。しかし日本では、同じ形の仏陀像を多数並べるという光景に出会ったことはありません。三十三間堂は観音菩薩ですし、京都の東寺、東大寺三月堂などで一箇所の多くの像を配置している場所はありますが、それぞれの像は仏陀そのものではないのです。大乗・小乗の違いの他に何か考え方が違うのではないかと思えてなりません。


12時30分ごろに見学を切り上げてホテルで昼食を取りました。自転車見学のために汗をかいたので、最初のシンハビールの一杯はものすごく美味しかったです。私に劣らずアルコールに強い妻も美味しそうに飲みます。

この日は、以前スリランカの仕事で一緒だった「Kさん」とバンコクで夕御飯を食べる約束をしていたのです。Kさんはスリランカ勤務の後、タイの会社に二回目の派遣となっているのです。夕食を期待して昼飯は少し控えめにしておきました。15時丁度出発のバンコク行きの列車に乗ることにしました。自転車を返すこと、駅まで荷物を運ぶこと両方同時にできないので、駅前の三輪車を頼むことにしました。アユタヤ駅−ホテル往復の三輪車料金は30バーツ。アユタヤからバンコクまでの列車運賃は一人15バーツです

3時アユタヤ発の列車はバンコクに4時40分に着きます。途中ドンムアンまでは快適に走りますが、バンコク近くに達すると急にスピードが落ちますし、駅と駅の間隔が短くなります。雨も降ってきたので少し遅れ気味でした。バンコク中央駅の公衆電話でKさんに連絡を取り、7時にホテルロビーで待ち合わせることにしました。今日のホテルはバンコクヒルトンホテル。しかし雨が降り出して道が渋滞するやら、運転手に英語が一切通じないやらで少し時間がかかりました。ホテルにチェックインしてシャワーを浴びてディナーに備えました。アユタヤ自転車見物とは大違いで、妻も「おめかし」です。

「Kさん」に連れて行ってもらったのは、シュクンビットの大きなシーフードレストラン。その大きさと明るさにびっくりしました。外国人も多いですが、地元の人も沢山います。ここのルールは、最初にスーパーマーケットみたいな形式で材料を買ってきてから、テーブルに帰って料理してもらうのです。店の一角に大きな厨房があって大勢の料理人が待機しています。店の別の一角には新鮮な魚介類、野菜、果物がたっぷり並べられています。自分達の胃袋と相談しつつ、魚、海老、蟹、野菜を買い求めました。料理法の指示はKさんに任せました。材料を買ってくるのはいいのですが、料理法を指定するのは難しいです。シンハビールを飲みつつ夕食を楽しみました。

こうしたシーフードレストランが今非常に流行っているようです。外国人観光客には喜ばれるでしょう。タイではタイ風・中華風の味付けが可能なので料理の幅が広いです。スリランカのシーフードレストランの味付けは一色でスリランカ風だけです。日本も魚介類が豊富なのでこうした形式を導入すれば流行るだろうなとおもいます。

今日は、朝から自転車周遊・バンコク移動・シーフードレストラン行きと活発に動いたので疲れました。デラックスなホテルの部屋でゆっくり休みました。

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